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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)9665号 判決

原告 町田福重

原告 大沢照子

右両名訴訟代理人弁護士 渡貫卯之助

被告 住友海上火災保険KK

右代表者代表取締役 花崎利義

外六名

被告等代理人弁護士 伊達利加

同 溝呂木商太郎

同 伊達昭

主文

原告町田福重の被告東京海上火災保険株式会社及び同大正海上火災保険株式会社に対する請求は、棄却する。

原告町田福重の被告千代田火災海上保険株式会社及び同住友海上火災保険株式会社に対する訴は却下する。

原告大沢照子の被告千代田火災海上保険株式会社及び同住友海上火災保険株式会社に対する請求は棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一、原告町田福重の被告東京海上火災、同大正海上火災に対する請求について、

一、(イ)、原告町田がその主張のとおり傷害保険約款に準拠して被告千代田火災海上と本件保険契約(1)を、被告東京海上火災と本件保険契約(2)を、被告住友海上火災と本件保険契約(3)、(5)を、被告大正海上火災と本件保険契約(4)を締結したこと。

(ロ)、原告町田が昭和二九年一〇月一日国鉄新前橋駅構内で列車により左下腿複雑粉砕骨折の傷害を受けたことは、当事者間に争いがなく、証人関口林五郎の証言により真正に成立したものと認める甲第六号証の二、右証人の証言、原告町田福重本人尋問の結果によれば、(イ)、原告町田は昭和二九年一〇月一日前記負傷の後間もなく医師訴外関口林五郎の手でその左脚を膝下を切断されたこと、(ロ)、右事故の結果、原告はその農薬販売の業務を遂行する能力に減少を来たし、かつ、前同日から昭和三〇年四月末日まで右医師の治療を受けた結果、漸く平常の業務に従事するに妨げのない程度に治癒したことを認めることができ、右の認定に反する証拠はない。

二、(一) 被告東京海上火災、同大正海上火災は原告町田の主張する保険金支払債務の発生を争い、事実に摘示せるごとく種々の主張をなして抗争するのであるが、最切に傷害保険約款第一〇条第一号の規定による免責の主張のうち、原告町田の負傷は保険契約者たる同原告の故意によつて生じた傷害であるとの主張(事実の三(三)甲(1))について判断する。

(二) まず、原告町田による本件傷害保険加入の動機につき検討するに、証人上原長十郎の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告町田は、昭和二九年三月中その子供が盲腸炎を患つて手術を受け、同年四月八日その実母を失い、その後数回自己の搭乗せるオートバイが田に落ちる等の出来事がつづき、俗にいわゆる四二歳の厄年でもあつて、精神的に稍動揺していたところ、同年六月中かねて知合の上原長十郎から傷害保険への加入を熱心に勧誘されたため、時あたかも高原野菜の出荷期に向い一〇月頃までは毎日約一二〇台の貨物自動車が吾妻郡下の各町村と東京都、前橋市方面との間を往来するので、農薬販売のためオートバイを運転して右の各町村に赴かねばならぬ自己の身に何時不慮の災害が襲うやも知れぬことを惧れて、かつて自己は勿論近親も経験したことのない傷害保険に加入することを決意し、前記上原を介して同年七月九日被告千代田火災海上との間に本件保険契約(1)を同東京海上火災との間に本件保険契約(2)をそれぞれ締結したことを認めることができ、その保険加入の動機についてはとくに疑念を抱かしめるところはない。

(三) 然るところ

(1)  成立に争いのない甲第一号証の一、証人小寺八郎、関根雄吉の各証言、原告町田福重本人尋問の結果によれば、原告町田は、昭和二九年七月二九日被告住友海上火災との間にその代理業務を行う群馬県吾妻郡中之条訴外群馬大同銀行中之条支店を介して本件保険契約(3)を締結した上(契約の締結自体は当事者間に争いがない。)保険料五八五〇円を支払い、

(2)  証人上原長十郎の証言により真正に成立したものと認める乙第四号証の一、二、証人上原長十郎、小沢国雄、川口辰夫の各証言によれば、原告町田は、同年八月一三日上原長十郎を介して、被告千代田火災海上同東京海上火災に対し、それぞれ保険金額五〇〇万円、保険期間前同日から同年一月一三日まで(三ヶ月)、被保険者原告町田たる傷害保険契約の締を申込み、保険料二万九二〇〇円二口、合計五万八四〇〇円を訴外上原に託したが、後日いずれも右被告会社前橋出張所により右契約の締結を拒絶され、

(3)  成立に争いのない甲第二号証、証人西川秀の証言、原告町田福重本人尋問の結果によれば、原告町田は、同年八月一七日東京都台東区上野広小路所在被告大正海上火災上野営業所において同所員西川秀を介し同被告との間に本件保険契約(4)を締結した上(契約の締結自体は当事者間に争いがない。)、保険料五八五〇円を支払い、

(4)  証人上原長十郎の証言により真正に成立したものと認める乙第四号証の三、証人上原長十郎、川口辰夫の証言によれば、原告町田は、被告東京海上火災から前記(2)の保険金額五〇〇万円の契約締結を拒絶されるや、同月一八日上原長十郎を介して、同被告に対しさらに保険金額を二〇〇万円とし保険期間三ヵ月、被保険者原告町田なる傷害保険契約の締結を申込んだが(保険料一万一二〇〇円をさきに上原に託した二万九二〇〇円をもつてあてることとし)、前同様被告会社前橋出張所により右契約の締結を拒絶され、

(5)  証人上原長十郎、川口辰夫の各証言、原告町田福重本人尋問の結果によれば、原告町田は同年八月二八日項上原長十郎を介して被告東京海上火災に対し保険金額一〇〇万円、保険期間三ヵ月、被保険者原告町田なる傷害保険契約の締結を申込んだ上保険料五八五〇円を支払い、同年九月二六日右被告会社前橋出張所の扱いで右契約が成立(この契約は、本件事故発生後同年一〇月六日頃右被告の要請により双方合意の上で解除す。)し、

(6)  成立に争いのない甲第一号証の二、乙第二号証の一、証人小寺八郎、関根権吉の各証言によれば、原告町田は、同年九月二五日前記群馬大同銀行中之条支店を介して被告住友海上火災との間に本件保険契約(5)を締結した上(契約の締結自体は当事者間に争いがない。)保険料一万三〇〇〇円を支払い、

(7)  証人上原長十郎、小沢国雄の各証言によれば、原告町田は、同年九月二六日上原長十郎を介して被告千代田火災海上に対し保険金額一〇〇万円、保険期間三ヵ月、被保険者原告町田なる傷害保険契約の締結を申込んだが、その頃右被告会社前橋出張所により右契約の締結を拒絶されたことを認めるに足り、右の認定に反する原告町田福重本人の供述は、前掲の他の証拠と対比して措信できない。

すなわち、原告町田は、昭和二九年七月九日から同年九月二六日までの間に被告等との間に保険金額合計五三〇万円、保険期間三ヵ月(一口だけは一ヵ年)、自己を被保険者とする傷害保険契約五口を締結して、保険料合計三万四七八〇円を支払つたほか、被告等に対し保険金額合計一四〇〇万円、保険期間三ヵ月、自己を被保険者とする傷害保険契約五口の締結を申込み、少くとも保険料五万八四〇〇円を代理店主たる上原長十郎に託したのであつて、この事実、すなわち、原告がきわめて短期間内に傷害保険としてはまことに驚くべき多額の保険に加入し、または加入せんとした事実は、前認定のごとき当初の附保の動機縁由をもつてしては到底理解し得ないところである。しかも、(イ)前認定のごとく、原告町田は火中之条町居住の上原長十郎を介して被告千代田火災海上、同東京海上火災との間に傷害保険契約を締結し、あるいは締結せんとした一方、(ロ)証人関根雄吉、小寺八郎の各証言によれば、原告町田自ら前橋市に赴いて同、所在の被告住友海上市災前橋出張所において同所員関根雄吉、小寺八郎を介して右被告との間に本件保険契約(3)、(5)を締結したが、右契約(5)を締結した際は、電話をもつて右関根等に対し「相談したいことがあるから貿易会館(前橋市所在)の地下食堂まで来て貰いたい。」旨を申入れて拒否されたことが認められ、原告町田の言動には明朗を欠くきらいあるのみならず、(ハ)証人西川秀の証言、原告町田福重本人尋問の結果によれば原告町田が被告大正海上火災に本件保険契約(4)の締結を申入れた右被告会社上野出張所の事務所は東京都台東区上野広小路ヱバ百貨店ビルの三階に所在すること並びに右被告会社は前橋市に前橋出張所を設置しており原告町田はそのことを知つていたことが認められるのであつて、原告町田が態々東京都内所在の未知の前記上野出張所を、ビルの三階まで昇ることをもいとわずして訪れ、傷害保険締結につき所員西川秀と面談したことは、必ずしも自然な行動とは目し得ないところがある。

(四) しかも、さらに疑惑を深くさせる事実がある、すなわち、

(1)  証人鈴木賢三、小寺八郎の各証言、原告町田福重本人尋問の結果によれば、原告町田は、本件事故による負傷の頃訴外群馬県農業販売共同組合に対し四〇万円、また訴外阿部産業株式会社に対し七〇万円の各債務を負担し、さらに群馬大同銀行に対しても金融上の債務があつて原告町田が事実上経営の主体であるきへや薬局の土地建物(所有名義人は大沢フサ)を担保としていたことが窺え、

(2)  原告町田福重本人尋問の結果によれば、本件事故による負傷の頃、原告は前記大沢フサと同棲し、同訴外人に前記きくや薬局の経営にあたらせ、自らは前記群馬県農業販売組合員として吾妻郡下の農業協同組合に農薬を販売して生計の資を得ていたが、月収は二、三万円程度であつたことが認められる。

このように相当多額の債務を負担し、しかも右認定の程度の月収の中から、原告町田は、昭和二九年七月から九月の間に前認定の保険料合計九万三一八〇円を工面して被告等に支払い或いはその代理店主上原長十郎に託したのである。

そして、原告町田の列車事故による負傷は、昭和二九年一〇月一日、すなわち原告町田締結の当初の傷害保険契約たる本件保険契約(1)、(2)の保険期間満了日たる同年一〇月九日の八日前に惹起したのである。

以上の諸事実は、これを総合して考えると、そこに容易ならぬこと、すなわち原告町田が少くとも予め何らかの方法による自傷行為により保険金を取得する意図のもとに本件保険契約を締結したことを、あるいはさらにその意図を実行して本件事故を惹起させたものでないかを疑わしめるに十分である。

(五) しかしながら、以上の諸事実はすべて、本件事故が原告町田の自傷行為なりや否やを決する上では、間接的な情況事実にすぎず、決定的意味を有する本件事故そのものがいかにして発生したかを究明しなければならない。原告町田は、本人尋問に際し、

(イ) 本件事故の日たる昭和二九年一〇月一日原告町田は、隣村大田村の酩農組合組合長茂木某の依頼により乳牛の乳の酸性を除去する動物用医薬品を購入するため午後三時頃オートバイに搭乗して中之条町の自宅を出発して前橋市の薬店に向い、途中オートバイの故障を修理する等のため若干の時間を空費した後前橋市に到着、上毛薬業その他四ヵ所の薬店に前記薬品を求めたがすべて徒労に帰したので、同日午後八時頃同市向町所在の料理店「ジンギスカン」において支那そばを食べ、再びオートバイに搭乗して帰途につき約四粁進行した頃胸がむかつき気持が悪くなつたため、前記料理店「ジンギスカン」附近まで引返えし、同所附近の浅岡モーター修理店にオートバイを預けた上、タクシーを呼び新前橋駅に到つたこと。

(ロ) 原告町田、新前橋駅において地下道を経由して上越線プラツトフオームに出たが、なお気分が悪かつたためプラツトフオーム上の待合室に入らず風に吹かれていたところ、間もなく、前同駅二一時四五分発水上行(上越線下り最終列車)が列着したので渋川駅に下車して省営乗合自動車に乗車する際の便利から列車後部の客車に席を求めて乗車したが、吐き気を催おしたため、プラツトフオームの反対側へ吐瀉すべく、列車後部から二両目の三等車の後部デツキに出た際、こらえきれず同所に吐瀉し、同デツキのプラツトフオーム反対側のステツプに両足を置き、デツキに腰をおろしてさらに吐瀉した後、席に戻るべく立上らんとし中腰になつた際、列車が発進し、その衝撃がガクンと身に伝わつて車外に転落した。旨を供述し、右の供述内容は、被告住友海上火災前橋出張所長訴外小寺八郎及び被告千代田火災海上前橋出張所員訴外小沢国雄が、事故発生後同年一〇月六日頃関口病院入院中の原告町田について調査した際同原告の説明したところとして、証人小寺八郎、小沢国雄がそれぞれ証言するところに略々一致するから、右の証言等と相まち原告町田本人の前記供述の内容を事実と認定して妨げないであろう。

次に証人源満二郎の証言、検証の結果によれば、(イ)事故発生の列車は、最後部に国鉄使用三等荷物車オ八二型を、その直前に同三等客車オ八型を連結していたこと。(ロ)右二種の車輛のデツキ部分及び車輪部分は、その構造、規模において同一であること、(ハ)右車輛デツキのステツプの末端から同部分に間隔があつて、デツキあるいはステツプに腰をおろした姿勢で通常の身長の日本人がその片足を前記車輪のレール接触点に届かせることはできず、したがつて、故意に車輛をもつてその片足を轢せることは不可能と認定される。

原告町田が故意に列車の車輪による自己の左足の轢断を企図したとすれば、列車発進に際して地上に身を構たえ自己の左足をレール上に置いたか、前認定のごとく、列車発進の衝撃で地上に落下した直後右同様の姿勢をとつたかのいずれかでなければならない。しかし、原告町田がかかる行為に出たことを確認すべき証拠は本件を通じて見当らない。のみならず、(イ)証人関口林五郎の証言によれば、医師関口林五郎は、原告町田が負傷して右訴外人方に運び込まれた直後これを診察した上、右原告の意考とは関わりなく自己の判断をもつてその左脚を膝関節下で切断したことが認められるのであつて右手術の結果原告町田の傷害は、傷害保険約款第四条第三号後段にあたることとはなつたが、原告町田が右の結果をも予想したことは、本件証拠をもつては到底断定することができない。また、(ロ)証人関口林五郎、小寺八郎の各証言によれば関口医師宅に運び込まれた際、原告町田はその顔面、胸部、手等に擦過傷を受けていたことが認められ、同原告は本件列車から地上に落下した際あるいはその直後一歩誤れば生命を失つたかも知れぬ危険を経験したことが推認されるのであるが、さきに認定した疑点の数々も原告町田が生命を賭してまであえて片足轢断の自傷行為に出たものと認定する資料としては、なお薄弱であるといわねばならない。

(六) 結局本件事故は、列車発進の衝撃で原告町田が地上に横転落下した際偶然その片足がレール上に置かれる形となつたため最後部三等荷物車の車輪に轢れたことによるものと認定すべきである。以下その理由を説示する。

証人原満二郎の証言、検証の結果によれば、

(イ) 新前橋駅助役原満二郎は、昭和二九年一〇月一日二一時四五分本件列車が発進した直後、レール附近に何か物体が落ちているのを発見し、これに接近したところ、一人の人間(後に原告町田と判明)が本件列車の進行方向レール際(別紙図面(イ)点)に両足を投出し、その反対方向別紙図面(ロ)点に頭部を置き、左上半身をやや斜下にして倒れ呻いているのを見て、「どうしたのか」と尋ねたが答えなかつたので、直ちに他の駅員に命じて前記医師関口林五郎方へタクシーで運びこませたこと。

(ロ) 原満二郎は前記(ロ)点から前記列車の進行方向約〇・二〇米の地点(ニ)点、原告町田の口許近い個所に小匙約一杯の吐瀉物、(ロ)点から約一・二一米反対方向の別紙図面(ハ)点に茶碗約一杯の吐瀉物があるのを発見したこと。

が認定され、右の事実に原告町田福重本人尋問の結果を総合すると、(イ)原告町田が前認定のように本件列車後部より二輛目三等客車の後側デツキから車外に吐瀉した吐瀉物は前記(ハ)点のそれであること、(ロ)列車発進の衝撃により中腰の姿勢から地上に落下せんとした一瞬原告町田が無意識裡にその左手で客車の一部を掴んだため、その胴体が自らと左回転し、最後部三等荷物車との連結部分の空間から地上に横転しつつ落下し、頭部が(ロ)点に、足部がレール上に接着し、右三等荷物車の車輛により左脚を轢れる結果を招いたものと推認すべく本件証拠上右の認定を左右するに足るものはない。

(七) 以上の次第で、冒頭認定のごとく、多大の疑惑は存しながらも、当裁判所は原告町田の傷害がその故意に出たものであるとの被告等の主張はこれを斥けるものである。

三、(一) 次に、被告東京海上火災、同大正海上火災の、原告町田が被つた傷害は保険契約者たる同原告の重大なる過失によつて生じたものであるとの主張(事実の三(三)甲(2))について判断する。

(二) 本件事故の当日たる昭和二九年一〇月一日原告町田が本件列車に搭乗するまでの経緯並びにその後同原告が右の列車後部より第二輛目三等車の後側デツキから転落するまでの経過は、さきに認定したとおりである。すなわち、当裁判所は原告町田が前記三等車から地上に転落したのは、同原告が前記三等車の後側デツキからプラツトフオーム反対側車外へ吐瀉した後、席に戻るべく立上らんとして中腰になつた際、列車が発進しその衝撃で車外に振落されたものと認定したのである。

証人原満二郎の証言によれば、列車の発進が乗客に与える衝撃は、当該列車を牽引する機関車の制動機及び各客車、貨車を連絡する連結機の模様並びに当該列車を運転する運転士の技倆によつて相違することが認められるが、さらに列車の後部程衝撃が大であることは、吾人の経験則上明らかである。しかし、いずれにしても、列車内で吐き気を催した場合、乗客は便所において吐瀉するの安全に如くはないが、列車が駅に停車中であつて客車のデツキから車外に向つて吐瀉する場合には、客車昇降口の把手を両手をもつて確固と握り、列車発進の衝撃により車外に振落されることを未然に防止すべき注意義務があるものといわねばならない。原告町田が前認定の経緯により本件列車から吐瀉した際前項の注意義務を遵守したことを認めるべき証拠はなく、吐瀉した後立上らんとして中腰になつた際列車発進の衝撃を感じ、急遽左手をもつて客車の一部を掴んだのにすぎないこと前認定のとおりであつて、そこには著しい注意義務の懈怠があるものといわねばならない。

(三) 右の次第で、原告町田の本件負傷は同原告の重大な過失により同原告が本件列車から転落した結果発生したものというべく、この点についての被告東京海上火災、同大正海上の主張は正当である。よつて、右被告等は傷害保険約款第一〇条第一号の規定により原告町田に対しその主張する保険金を支払うべき義務を負担せず、同原告の右被告等に対する請求は理由がないから棄却する。

第二、原告大沢照子の被告千代田火災海上、同住友海上火災に対する請求について。

一、原告町田が、原告大沢を保険金受取人に指定して、被告千代田火災海上との間に本件保険契約(1)を、被告住友海上火災との間に本件保険契約(3)、(5)をそれぞれ傷害保険約款に準拠して締結したことは、当事者間に争いがない。

原告大沢は、原告町田の前認定の傷害を理由とし、傷害保険約款第四条第一項第三号の規定によりその主張の不具癈疾保険金を、同約款第六条第一項の規定によりその主張の医療保険金を、被告千代田火災海上、同住友海上火災に対してそれぞれ請求する。しかし、前記約款第四条及び第六条の規定による保険金は被保険者のみがその支払を請求し得るにとどまつて保険金受取人がこれを請求し得ないこと、右各規定により明白であるから原告大沢の本訴請求は、他の点につき判断するまでもなく理由がなく棄却を免れない。

第三原告町田福重の被告千代田火災海上、同住友海上火災に対する請求について。

原告町田は、原告大沢の被告千代田火災海上、同住友海上火災に対する請求の理由がないことを条件として、予備的に右被告等に対し、原告大沢が請求したのと同額の保険金の支払を請求する。

思うに、民事訴訟手続は、訴提起に始つて終局裁判の確定にいたるまで当事者及び裁判所の個々の訴訟行為が順次累積されてゆく発展的にして統一的な手続であるため、訴訟行為の効果の発生に条件を附すことは、民事訴訟手続全体を不安定な状態におき、ひいては、その円滑な進展を阻害するため原則として許されないのである。ただ、訴訟行為が条件に附せられることによつて当該訴訟手続に損失をもたらさない場合或は当該訴訟手続に若干の損失をもたらすとしても、さらに観察の視野を広くすれば当事者及び裁判所にとり訴訟経済上利益である場合は、条件附訴訟行為を許容して差支えないものと解すべきである。客観的予備的請求の併合が許容されるのは、けだし右の理由によるのである。しかるに、主観的予備的請求の併合にあつては、予備的請求の当事者の一方は、その訴提起の当初から終局判決の確定にいたるまで終始第一次的請求における当事者の訴訟活動によつて影響されるのであつて、客観的予備的請求の併合において同一の当事者が自ら第一次的請求及び予備的請求の全部につき自由に攻撃、防禦の訴訟活動をなし得るのとは大いに異り、その訴訟活動における不安定、不利益は著しいものがある。かくのごとく当事者の一方を著しく不利益な立場において訴訟手続の円滑な進行が阻害される結果を招来する虞れが多分にある訴訟の形態は、許されないものというべきである。

右の理由により、原告町田の被告千代田火災海上、同住友海上火災に対する予備的訴は、不適法として却下する。

第四結

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(判事 磯崎良誉)

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